温泉の歴史

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                                  TOPページ >>  日本人の温泉観と歴史

〜温泉の歴史〜



日本人ほど温泉の好きな国民は世界中どこをさがしてもいないでしょうね。

なんと1年間に1億人以上の人が利用しているのだそうです。まさに温泉大国です。

火山の多いこの国には、いたるところに温泉がありますから、
日帰りでも十分楽しむことができます。

透けるような若葉、色とりどりの紅葉、ちらちら舞い落ちる雪・・・
そんな趣のある景色のなかでお湯につかるのは最高の贅沢ですね。






日本人はなぜこんなに温泉が好きなのでしょう。

「んなの、決まってるじゃん。気持ちいいからでしょう」

ま、一言で言えば確かにそうなんですけど・・・(~_~;)

何でわざわざ遠いところまでお金をかけてまで
みんな温泉に入りに行くんだろ?

温泉、って聞いて何をイメージするんだろ?

私たちにとって温泉ってなに?


その謎を解くカギはこの国の歴史の中にありそうな気がします。

日本人の独特の温泉観がどこからきているのか、
温泉の歴史を見ながらちょっと考えてみましょう。

日本各地の温泉にはそれぞれの温泉の歴史があると思いますが、
ここでは、日本の温泉がどのような役割をもち、
どう受け入れられていったかという観点で見ていきます。


 < 古代〜古墳時代 >
   
   学者の研究によると、別府の温泉はおよそ5万年前には
   沸いていたそうですよ。
   最後の氷河期が2万年前ですから気の遠くなるほどはるか昔のことですね。

   日本人がいつから温泉を利用するようになったかは定かではありませんが、
   石器時代の遺跡からも温泉を利用していた痕跡が見つかっているそうです。

   びっくりですね!


   でも、初めて温泉が文献資料に登場するのは
   『古事記』  『日本書紀』  『出雲国風土記』 
   などの編纂がさかんに行われた奈良時代です。

   これらの書物の中には、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)
   東方遠征の帰りに草津に立ち寄って温泉で傷を癒したことや、
   持統天皇の御代に飲泉によって多くの病者を治療したという
   記述が見られます。

   温泉は病気や怪我を癒す不思議な水として
   神の湯と崇められていましたので、
   しだいに信仰の対象として昇華していったようです。

   有馬温泉は大和朝廷統一の頃に発見されたと言われ、
   日本最古の温泉として知られていますが、
   日本書紀にはその有馬温泉に天皇が入浴されたという
   記述もあります。

   そのほか、古事記、各地の風土記にも天皇の入湯記録があり、

   「伊予の湯」=愛媛県・道後温泉
   「牟婁の湯」=和歌山県・白浜温泉
   「有間の湯」=兵庫県・有馬温泉

   は 「日本三古湯」 と呼ばれています。








ヤマトタケル


 < 奈良時代 >

   信仰の対象として昇華されていった温泉は、奈良時代に入ると
   仏教伝来の影響を大きく受けていくようになります。

   仏教では沐浴の功徳を説いているため、
   寺院で施浴が行われ温泉開発も僧侶によって行われました。

   行基が温泉寺や阿弥陀堂を建立したり、
   また空海は修善寺、塩原、法師などの温泉を開拓したとされています。

   温泉と布教によって病を治そうとしたことがうかがえますね。



空海


< 平安・鎌倉時代 >

   平安時代になると、『万葉集』 や 『古今和歌集』 が編纂されますが、
   この中にも各地の温泉地を旅した歌が多く詠まれています。

   登場する温泉も、都のある関西から、中部・関東まで広がってきます。

   源頼朝が鎌倉に幕府を開いて政治の中心が関東に移ると、
   関東・東北・甲信越などの温泉が次々に開拓されていきました。


   僧侶は布教活動の一環として温泉指導もしましたが、
   主に僧侶や貴族、武士たちが遊興や湯治に各地に出かけていたようです。




源頼朝




 < 室町〜戦国時代 >
   
   当時は温泉は一般庶民に普及することはなく、温泉は遊興の場として
   貴族、武家がもっぱら利用していたようです。

   戦国時代には、戦いで傷ついた武士の療養地ともなっていました。

   武田信玄の本拠地・甲府には 「信玄の隠し湯」 といわれる温泉が
   点在しています。
   信玄ばかりでなく配下の将兵たちも合戦の合間に湯治を行なったことが
   伝えられています。

   また、別府温泉には蒙古軍との戦いで傷ついた兵士を治療した記録も
   残っているそうです。



   豊臣秀吉は、戦火や大火にあった有馬の地の復興に尽力しました。
   源泉を整備し、湯殿を建て、湯治場として再興させました。
   次第に宿坊も増えてきました。

   そして度々、北の政所(ねね)や千利休、家臣たちを引き連れて
   訪れていたのです。


   ところが、江戸時代になると徳川幕府は、太閤につながる建物など
   すっかり取り壊してしまいました。


   有馬温泉に太閤ゆかりの湯殿があるらしいことは
   言い伝えられてきたのですが、その跡がどこにあるのか
   最近まで分からなかったのです。

   1995年に起きた阪神淡路大震災は多くの被害をもたらしましたが、
   その復興事業の時に、極楽寺境内から岩風呂、蒸し風呂、庭園跡などが
   発掘されたのです。

   現在は神戸市教育委員会がこれを保護し、「太閤の湯殿館」 という
   資料館になっています。


   興味のある方は訪れてみるのもいいかもしれませんね。









蒙古襲来




豊臣秀吉









太閤の湯殿


  < 江戸時代 >
   
   江戸時代になると様相は一変します。

   今まで特権階級だけのものだった湯治場は庶民の出入りも
   許されるようになり、温泉行きは次第に娯楽色が強くなっていきます。

   長い温泉の歴史の中でも特にこの時代には、現代に生きる私たちの
   温泉観のルーツが潜んでいるような気がします。

   温泉にかかわりがありそうなところに焦点を当てながら
   江戸時代の時代背景を少し詳しくみていきましょう。


  ★★★ ここで
銭湯についてひとこと ★★★



   現在の銭湯の原型となる公衆浴場は、
   江戸時代の初期、 江戸に「伊勢」という人が、
   湯屋を開業したのが発祥とされています。

   膝を浸すくらいの湯を入れて半身浴、
   そして、上半身を湯気で蒸すという仕掛の
   混浴の風呂だったそうです。

   その後、江戸の町に、
   首まで浸かる現在の風呂の原型となる風呂が
   登場したといいます。

   ゆったりと湯につかって一日の疲れを癒す、
   という日本人独特の習慣がしだいにできて
   きました。


   ちなみに、ヨーロッパでは、ローマ帝国時代から
   共同浴場が存在したと言われていますが、
   当時は蒸気風呂で、体を洗うより医療目的で
   使用されていたそうです。





   江戸時代は、長く続いた戦国時代の後約250年間続く安定した時代です。

   戦いに明け暮れるということはなくなったのですが、
   徳川幕府の強い力で支配されていました。

   士農工商という身分制度が確立し、参勤交代も始まりました。

   しかし、その参勤交代の制度のおかげで道路網が整い、
   一里塚ができ、宿場が整えられていきます。

   人々は自分の生まれた土地から一生出ることはできませんでしたが、
   ひとつだけ許される場合がありました。

   それがお伊勢参りなどの寺社詣と、病気やケガ治療のための湯治旅です。


   温泉に関して言えば、この時代は温泉に関する研究も進んでいます。

   医学の発達とともに温泉は宗教としての意味合いを薄くしていきます。
   このころに出された書物として「一本堂薬選続編」(1738)があります。
   温泉の効用について詳しく書かれています。


   話を戻しますね。

   寺社詣のためなら、誰でも旅に出てもよいとはいっても、
   旅に出るには多くのお金を用意しなくてはなりません。

   ところが、武士や大商人だけでなく、
   年貢を搾り取られていたはずの農民たちも
   相当数旅に出ているのです。


   どれくらいの人たちが旅に出ていたかといいますと・・・

   伊勢神宮にはこの時代、多くの人(推定年間100万人)が
   お参りをしていたのですが、
   大体60年に1回くらいの周期で伊勢神宮に全国から津波のように
   人が押し寄せたのです。

   ぬけ参り・おかげ参りと言います。

   記録によるとその数、年間200万から300万。
   文政13年には、約500万人が伊勢へ伊勢へと押し寄せています。

   大商人や武士ならいざ知らす、庶民たちは旅費など工面できるはずもなく、
   実際のところ何も持たずに,家人にも告げず、熱病にかかったように
   突然旅出っていったそうです。

   彼らは集団を作り、白衣に菅笠でのぼりや万灯を押し立てて、
   「おかげでさ、するりとな、ぬけたとさ」と歌い踊り歩いたので、
   ひと目でそれと分かります。

   お金に困れば道筋の家々が食べ物や宿泊の場所を与えてくれました。
   (それでおかげ参りと呼ばれるようになったんだそうです)

   また、「講」を作ってみんなでお金を出し合って順番にそのお金を持って
   旅に出るというようなこともしていたようです。

   (おかげ参りに関しては興味のある方はお調べくださいね。
   書くと長くなってしまいますので m(__)m )
   
※伊勢市にある「おかげ横丁」で、当時の伊勢の様子を再現したものを
     見ることができます。興味のある方は温泉めぐりのついでにどうぞ。(~o~)



   このようにしていったん旅に出てしまうと、お伊勢参りを口実に、
   京、大阪見物をしたり、名所旧跡めぐりなど、
   自由な旅を楽しむことができたのです。

   各藩は湯治のために温泉の整備を進めていましたが、
   庶民でも許可をもらって入ることができるようになってきたため、
   温泉につかってのんびりと過ごす人も大勢いました。

   人々を日常のあらゆる拘束から解き放った寺社参りの旅は、こうして
   観光・娯楽の色合いを強めていったのです。

   温泉地の中には、長逗留する者が湯治の一方で酒や遊女を買い、
   歓楽街のようになっていったところもありました。

   旅の盛んなこの時代には、旅のガイドブックのようなもの
   もいくつか出ていたようですね。







































一里塚





















おかげ参り














 < 明治時代〜戦前 >

   「日本の温泉医学の父」と言われるドイツ人医師ヘルツによって
   西洋医学に基づいた温泉医学や温泉地開発の指導がが行なわれました。

   一方で外国人のバカンス客のためのリゾートホテルが建ち、
   多くの温泉地が観光地化していきます。

   大正から昭和にかけては、鉄道網が充実し、温泉地の整備も進み、
   各地から人々が訪れるようになりました。






  < 戦後〜現代 >

    高度成長期には温泉は宴会の場として盛んに利用されるようになりました。
   観光と温泉と宴会のセットですね。

   これは現在でもあまり変わっていないようです。


   でも、ひっそりとしたたたずまいの温泉宿でのんびりお湯につかりたい
   という人も多いと思います。
   湯治を目的としている方か、本当の温泉好きの方はこちらでしょうか。(^_^)


   団体様向けの賑やかな観光地としての温泉地もあれば、
   風光明媚な場所にあって自然回帰を求める人たちに
   人気の温泉地もあります。

   また山の中にひっそりと沸く秘湯と言っていいような温泉地もありますね。


   現在は、そのニーズによってさまざまなタイプの温泉に分化してきている、
   というところでしょうか?
















ストレスの多い現代社会に生きる私たちにとって、
「リラクゼーション」 「癒し」 はなくてはならないものです。


宴会タイプの温泉行きにしろ、自然と一体になれる露天風呂にしろ、

温泉が私たちに「開放感」 と 「リラクゼーション」 

をもたらしてくれることに間違いはありません。

今日もたくさんの人たちが温泉に癒されていることでしょう。


日本人の温泉好きの理由を求めて、温泉の歴史をたどってみましたが、いかがでしたでしょうか?



江戸時代に広まった庶民の旅・・・

限られた日数であっても、版で押したような生活やあらゆる束縛から身も心も解放されて、
日常とはまったく違う世界で過ごせる喜び。

江戸時代の庶民は旅の魅力に取り付かれたことでしょう。



これを現代の私たちに置き換えてみたらどうでしょう。

サラリーマンは毎日朝早くから満員電車で揉まれて出勤し、
会社では上司や部下の板ばさみになり、
ノルマを課され、常に緊張を強いられています。

もちろん、サラリーマンでなくても、それぞれの人が日常様々なストレスを溜め込んでいます。



「ちょっと旅行にでも行こうか?」という気持ちになるとき、自分の心の中に、
江戸時代の庶民の求めたものと重なり合うところがあるのに気づきませんか?

時代は変わっても、旅は常に私たちに日常からの解放と喜びと癒しを与えてくれるものなのです。


見知らぬ土地を旅すること自体、日常からの解放ですし、

主婦にとってみれば上げ膳据え膳もりっぱな日常からの解放です。

朝から温泉につかるのも日常ではあり得ないことです。


都会に住む人が森林浴に行けば、日常の都会の雑踏からの解放と癒しになります。




そのことと、日本人の 「温泉好き」 とどこでつながるの? と思ってらっしゃいますね?


私たちが 「旅」 に求めるものと 「温泉」 に求めるものは
どこかでつながっているのだ と私は思うのです。



「旅行に行こう」 と思うとき、 「温泉」 に入ることを当たり前に思ってしまうことはありませんか?
日本にはおよそ3,000〜5,000の温泉地があるといわれていますからごく自然な思いでしょう。


逆に

「温泉にでも行こうか」 と思うときは心のどこかに「日常からの脱出」の思いが潜んでいるはずです。


このように、日本人の心の奥で、温泉に入る心地よさと旅の解放感が
つながってしまっているように思えてならないのです。


温泉が気持ちのよいものだということは日本人なら誰でも知っています。
気持ちのいいものは誰でも好きです。


水道水を沸かした家庭のお風呂とは違い、
実際に温泉には体をリラックスさせる成分がありますし、

自然の豊かな環境で湯につかることで精神的にもリラックスし、
相乗効果をもたらします。


日常から解放されたくて、ふと、旅行に行きたくなった時、
その旅行先で温泉につかればもう極楽この上ないですね。

旅行に行くことで最高の癒しとリラクゼーションを
手に入れることができるのです。



もちろん、湯治だけを目的にじっくりと
何日もかけて温泉で治療をしている方もいらっしゃるでしょう。


でも、どんなに効能の高い温泉でも、
たった一晩だけ入っただけで、
また、日帰り入浴だけで、効果を期待するのは無理です。

わかっているのに行きたくなるんですね。


本当のところ泉質や効能はどうでもいいのかも知れない。

のんびりお湯につかって、

「ここのお湯はつるつるだな、なんか効きそう」

と言いながら、体がぽかぽかしてくれば
それだけでとても幸せな気分になれるのでしょう。


これは、湯につかるという独特の文化を江戸時代から綿々と引き継いできた、
私たち日本人だけが味わうことにできる最高の喜びなのだと思います。


そうであれば、温泉は、旅と切り離しても十分に魅力のあるものになってきます。
日帰り入浴が人気なのもうなずけますね。




1年間で1億人と言われる利用者の多くが
このような気持ちで温泉を利用しているのでは ないかと思うのです。



以上、独断と偏見で日本人の温泉好きの理由を考えてみました。
皆さんそれぞれに色々な考え をお持ちと思いますので、
あくまで私個人の考えということで軽く聞き流してくださいね。



最後に一言。

温泉が与えてくれるものはもちろん 「リラクゼーション」 だけではありません。

長い間、大学やさまざまな医療機関で温泉の効用が研究されてきましたが、
その研究に基づいた治療で多くの成果をあげています。

こうしている今現在も、リハビリが必要な方、病気や障害を持った方々が
そのような施設で日々治療に励んでいらっしゃると言うこともお伝えしておきますね。



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